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2025年07月01日
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もう時効かと思うので
2009年02月16日
月の路、の一部を別ルートで書いたものです。
これが最初にあったのですが、これは駄目だろう、と反省して書き直すことになりました。
とにかく、暗いです。
これが最初にあったのですが、これは駄目だろう、と反省して書き直すことになりました。
とにかく、暗いです。
没になったルートは以下の通りです。
弥次吉と峠で別れたあとに入ります。
しかし、結局留三郎は戦の続くこの地を容易に離れることが出来なかった。
書状の手がかりを探して東へ、西へ。彷徨うように歩き通した。
戦場には、御陣女郎というものがいることがある。
両軍の陣地近くに滞在し、兵士達を癒し、時には軍と命運を共にする女たちのことだ。
ドクタケの陣から外れた森の脇で、そういう生業であろう女が一人、黒土に石を積んでいた。
「お坊さん、お経を頂戴」
留三郎の姿を見るなり、たっと駆け寄ってきて、女はそう言った。
思ったよりもずっと若い女のようだった。
「誰か死んだのか」
「誰かは知らない、一回だけ来たけど、名前、訊かなかったから」
「そうか」
「変な医師の先生がいてね」
「・・・」
「誰でも診ちまうんだって。刺されて、そこに担ぎこまれたんだけど、この人は駄目だったって。そこでは大勢、助かってるんだけどね。」
お坊さんでも伴天連でもあるまいし、このご時勢に変な医者、と、遊女は哀しい眉のまま笑った。
伊作の噂を聴くのは、この戦場に近づいてから実に四度目だった。
繰り返される戦と仕事の度、何度ともなく聞こえてくる伊作の評判。
わざわざ探すまでも無い、親友の足跡と、その痛み。
留三郎が覚えておいた幾らかの経に、有難そうに聞き入ったあと、遊女はようやく本当に笑った。
「ありがとう、お坊さん」
ぬるいはずの夏風が、やけに寒く感じた。
遊女の緋い着物の裾が、背でまとめた黒髪が、ひらひらとはためいていた。
――――今日、ここを発つんだ。
この戦はもう終る、みんなそう言っているから――――
数日前の嵐を思わせるような激しい夕立が、今宵も戸外を吹き巻いている。
時折どっと吹き付ける風に、古小屋の木戸はががたがた鳴った。
激しい合戦も再びの雨休み。
患者のいないしんとした夕べを迎え、伊作はひとり文机に向かっていた。
しっとりと墨を吸った巻筆が、帳面の上に文字を残して滑りゆく。
医療に明け暮れる毎日の中で、伊作は暇を見つけては治療日誌をしたためている。
文机の下にひっそりと積まれた医学書の数々・・医心方、後世方、各種の草本書・・・伊作ならではの人脈に助けられ、 唐渡りの高級書から門外不出の貴重な秘書に至るまで、その内容を手にすることができた。
一方で、書物からは学び取れない経験の記録は、何より自分と、患者のための糧となる。
一行、二行、覚えている限りの患者の症状、施した治療、経過を書き記す。
『腹部に被弾、弾は抜けるも、大動脈損傷、意識薄弱、出血多、脈薄弱・・・
記憶を手繰り寄せながら、手元を追いかける伊作の目の際に、くっと僅かに力が篭る。
・・・半刻後、死亡』
脳裏に、ぼんやりと浮かぶその日の光景。
走馬灯のように入れ替わる場面の中で、大丈夫、必ず助かりますと、耳元に語り続けた自分の声と次第に浅く、消えていった患者の呼吸音が遠く響いた。
どんな状況でも、最後まで希望を失わせないことが、時に命をつなぎとめる。
学園で幾度ともなく教わったことだが、その真実さを思い知ったのは、この因果な仕事を始めてからだった。
無論、助けられない命も多い。
一昨日の兵士のように。
その度に、悼みと無念を乗り超えて、何か手は無かったか、使えた薬はないのかと自問を繰り返し、治療を向上させてきたのだ。
それでも、言葉というものには何か別の力があった。
あの兵士は、もう意識もないであろうという今際の時に、家族が待っている、という伊作の言葉を聞いて、確かにこの手を握り返して来たのだ。
信じられないほどに、強く、強く。それほどに。
―――生きたかったのだ―――
「言葉か・・・」
喉の奥につんとこみ上げるものを紛らわすように、伊作は一人ごちて天井を見る。
ふと、伊作は先日、嵐の夜に転がり込んできた手負いのくの一のことを思い返した。
自分は人の命を奪うと、彼女は言った。
お前はその手で、多くを救うとも。
伊作が返答を見つける間もなく、くの一は再び闇の中に消えて行ってしまった。
患者として「無理をしない」約束の代わりに、一通の書状を伊作の手に押付けて。
筆を置き、書状を隠した薬棚へ目をやったとき。
伊作は戸口に立つ気配に気がついた。
***************
色々と忍たま、落乱精神に反する!
ということで没になりました。
実は、シビアな話を書きがちな傾向があります。
反面、書いていくうちに、様々なきっかけで話が優しく変わっていく過程が好きです。
留さんと遊女さんの会話は雰囲気がちょっと好きでした。
弥次吉と峠で別れたあとに入ります。
しかし、結局留三郎は戦の続くこの地を容易に離れることが出来なかった。
書状の手がかりを探して東へ、西へ。彷徨うように歩き通した。
戦場には、御陣女郎というものがいることがある。
両軍の陣地近くに滞在し、兵士達を癒し、時には軍と命運を共にする女たちのことだ。
ドクタケの陣から外れた森の脇で、そういう生業であろう女が一人、黒土に石を積んでいた。
「お坊さん、お経を頂戴」
留三郎の姿を見るなり、たっと駆け寄ってきて、女はそう言った。
思ったよりもずっと若い女のようだった。
「誰か死んだのか」
「誰かは知らない、一回だけ来たけど、名前、訊かなかったから」
「そうか」
「変な医師の先生がいてね」
「・・・」
「誰でも診ちまうんだって。刺されて、そこに担ぎこまれたんだけど、この人は駄目だったって。そこでは大勢、助かってるんだけどね。」
お坊さんでも伴天連でもあるまいし、このご時勢に変な医者、と、遊女は哀しい眉のまま笑った。
伊作の噂を聴くのは、この戦場に近づいてから実に四度目だった。
繰り返される戦と仕事の度、何度ともなく聞こえてくる伊作の評判。
わざわざ探すまでも無い、親友の足跡と、その痛み。
留三郎が覚えておいた幾らかの経に、有難そうに聞き入ったあと、遊女はようやく本当に笑った。
「ありがとう、お坊さん」
ぬるいはずの夏風が、やけに寒く感じた。
遊女の緋い着物の裾が、背でまとめた黒髪が、ひらひらとはためいていた。
――――今日、ここを発つんだ。
この戦はもう終る、みんなそう言っているから――――
数日前の嵐を思わせるような激しい夕立が、今宵も戸外を吹き巻いている。
時折どっと吹き付ける風に、古小屋の木戸はががたがた鳴った。
激しい合戦も再びの雨休み。
患者のいないしんとした夕べを迎え、伊作はひとり文机に向かっていた。
しっとりと墨を吸った巻筆が、帳面の上に文字を残して滑りゆく。
医療に明け暮れる毎日の中で、伊作は暇を見つけては治療日誌をしたためている。
文机の下にひっそりと積まれた医学書の数々・・医心方、後世方、各種の草本書・・・伊作ならではの人脈に助けられ、 唐渡りの高級書から門外不出の貴重な秘書に至るまで、その内容を手にすることができた。
一方で、書物からは学び取れない経験の記録は、何より自分と、患者のための糧となる。
一行、二行、覚えている限りの患者の症状、施した治療、経過を書き記す。
『腹部に被弾、弾は抜けるも、大動脈損傷、意識薄弱、出血多、脈薄弱・・・
記憶を手繰り寄せながら、手元を追いかける伊作の目の際に、くっと僅かに力が篭る。
・・・半刻後、死亡』
脳裏に、ぼんやりと浮かぶその日の光景。
走馬灯のように入れ替わる場面の中で、大丈夫、必ず助かりますと、耳元に語り続けた自分の声と次第に浅く、消えていった患者の呼吸音が遠く響いた。
どんな状況でも、最後まで希望を失わせないことが、時に命をつなぎとめる。
学園で幾度ともなく教わったことだが、その真実さを思い知ったのは、この因果な仕事を始めてからだった。
無論、助けられない命も多い。
一昨日の兵士のように。
その度に、悼みと無念を乗り超えて、何か手は無かったか、使えた薬はないのかと自問を繰り返し、治療を向上させてきたのだ。
それでも、言葉というものには何か別の力があった。
あの兵士は、もう意識もないであろうという今際の時に、家族が待っている、という伊作の言葉を聞いて、確かにこの手を握り返して来たのだ。
信じられないほどに、強く、強く。それほどに。
―――生きたかったのだ―――
「言葉か・・・」
喉の奥につんとこみ上げるものを紛らわすように、伊作は一人ごちて天井を見る。
ふと、伊作は先日、嵐の夜に転がり込んできた手負いのくの一のことを思い返した。
自分は人の命を奪うと、彼女は言った。
お前はその手で、多くを救うとも。
伊作が返答を見つける間もなく、くの一は再び闇の中に消えて行ってしまった。
患者として「無理をしない」約束の代わりに、一通の書状を伊作の手に押付けて。
筆を置き、書状を隠した薬棚へ目をやったとき。
伊作は戸口に立つ気配に気がついた。
***************
色々と忍たま、落乱精神に反する!
ということで没になりました。
実は、シビアな話を書きがちな傾向があります。
反面、書いていくうちに、様々なきっかけで話が優しく変わっていく過程が好きです。
留さんと遊女さんの会話は雰囲気がちょっと好きでした。
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きり丸を出したかっただけとも言う。