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冬を迎える 2
本格的にまた、何も起こりません
乾いた葉ずれの音に紛れて、りゅうりゅうと虫の音が漂ってくる。
それは次第に弱々しく途切れがちで、彼らの秋もまた、過ぎようとしていることを報せるかのようであった。
「丁度よかったよ」
伊作は悠々と板の間に胡坐をかいた突然の来訪者へ、熱い湯飲みを置きやりながら、にこやかにそう言った。
「何がだ?」
仙蔵は軽く目を伏せ謝意を表し、すっとそれに手を伸ばす。
「今日ここに帰ってきたばかりだったんだ。もう半年も留守にしていたよ。」
埃やら蜘蛛の巣やらが酷く、大掃除が大変だったと、こぼす伊作に、仙蔵はさらりと返す。
「ああ、知っている」
「え?」
瞬間、瞠目した伊作をそのままに、仙蔵は湯飲みの中を覗き込んだ。
「伊作、これは何だ?」
茶でも、白湯でもない、半透明のとろみを確かめるように回し揺する。
「葛湯だよ。」
「葛・・・薬湯か?」
「いや、葛と、生姜と甘草が入っているだけ。体が温まるよ。」
今日は冷えるだろ、と付け加えて、伊作はとろりとしたその熱を口に含んだ。
こくりと飲み下し、
「それで?どうしてわかったんだ?」
と仙蔵を不思議そうに見つめる。
「ああ。簡単だ、お前の評判を追うのは難しくないからだ。」
「あ、皆さんそう仰います。」
「まったくだ。お前、前にいた戦場からここにくるまで、一体幾つの村で引っかかっていたんだ。行く先々で訊かんでも誰かしらが語ってくるぞ」
旅すがら立ち寄った小さな山村。
両手を合わせ、神仏を拝みでもするように、恩人の医者の功績を朗々と語る老人に小一時間捕まった記憶が新しい。
仙蔵は相変わらずの伊作ぶりに半ば感心し、半ば呆れたのだった。
「寒くなると、はやり病も増えるからね。」
「お前が最後に寄った村からここまでの道のりから、大よそ着く頃合と踏んで来たのだ。」
「さすがだね。」
開け放した障子戸からの白い光が、暗い板の間に落ちて眩しい。
その明るい光の中で、伊作は仙蔵を誇ってにっこりと笑った。
白と黒で切り抜かれた、まるで影絵のような光景に、はらはらと紅葉の紅色が舞い散らされる。
少し、強い風が吹きはじめた。