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2025年07月03日
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冬を迎える 3

2008年11月06日
なにも起こらないまま、続きます。
2に少し加筆修正しました。
それで何とか繋がっています。


 冷えてきたね、と戸を閉めれば、小さな庵の中の、静けさが深まった。
 障子紙を通る白い光が、紙箱のような空間に少しずつ温もりを積もらせる。 
 そして静かに座りなおした伊作は、湯のみの中のものを控えめに啜る仙蔵に向かい合う。
 
「どうしてそこまでして、僕のところに?」
「・・・熱い」
 
 葛湯が熱かったらしい仙蔵が、ちろりと赤くなった舌を出す。
 あれほど慎重に啜ったというのに、随分と猫舌なのだ。
 そのまま、暫し考えるようにした仙蔵は、

「旧友を訪ねるのにいちいち理由が必要なのか?」

 と逆に訊いてきた。
 それもそうだ、と一人ごちて、伊作はさきほど舞い込んできた紅葉の一枚を拾い上げる。
 紅玉の色したそれを、くるくると弄びながら、じゃあ、と言った。

「世間話でもしようか。菓子でもあればよかったんだけど、干し飯くらいしかなあ。」
「お。いかん、忘れるところだった」

 背負い袋の中から、仙蔵がそう言って出してきた手土産は、粒ぞろいの見事な栗だった。
 艶々として重い実が、ごろごろと包みから転がり出る。

「焼けばそれだけで旨いだろう。炭櫃は・・・ないのだな。火鉢はあるか?」
「あるけど、あれも埃がすごいんじゃないかな」

 使っていないからねえ、と年季の入った火鉢を出してきた伊作に、仙蔵は構わんと笑った。

「焼くだけだからな。火種ならここにあるぞ。」
「流石、仙蔵。便利だな。」
「他に言いようはないのか・・」
「えーっと炭、炭。」

 そしていつの間にやら障子戸は再び開け放たれ。
 栗のパンパンと爆ぜる音、時々の小さな悲鳴、朗らかな笑い声が戸外まで響いた。
 


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紙箱のような空間・・・は、「雪国」の影響です。
あの情景描写がすきなのです。
ともし火と葉子の瞳が重なるシーン、美しいですよね。
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