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2025年07月05日
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きまぐれげんぱろ

2009年05月17日
仕切りなおします。
つづくと・・・いいな!



落ちる瞬間の浮遊感は、半ば癖になりかけていた。
受身を取る暇もなく、固い土の底に叩きつけられる衝撃さえなければ、これもそう悪くはないのだがと伊作は慣れきった頭で考える。
丁度左足首の捻挫が癖になりかけているところに、これは厄介だ。
しかし、そこまで思い巡らして、伊作は事態の奇妙さに気が付いた。
昼休みもあと僅かという頃。
いつものように落とし紙を抱えて、校庭を走っていたところ、不意に足元が崩れた。
そこまでは確かだ。
しかし、いつまで経っても落ち続ける浮遊感だけはそのままに、穴の底へ着く気がしない。
見上げれば暗闇の中に、落ちてきた穴の入り口が円く明るい口を空けているが、それが遠い。
伊作はぞっとした。
穴の深さは尋常ではない。
この加速度で底に叩きつけられた日には、捻挫どころでは済まないだろう。
藁にもすがる思いで懐を探ると、珍しい幸運、鉤縄の感触があった。
加速する降下に耐えながら、三ツ鈎を小さくまわし、遠い穴の口目掛けて放った。
指を離れ、小気味よく飛んだ鈎の先が白い光に飲み込まれる。
そして、縄を巻きつけた手首に、衝撃。
だしぬけに落下は止まった。
伊作は体重を受け止めた関節の痛みに軽く顔をしかめると、直ぐに体勢を反して細い縄を登り始めた。




(出たら、直ぐに落とし紙を集めて、それから流石に綾部に言おう。こんな深い穴、危なくて仕方ない)

そう心で呟きながら、伊作は痺れかけた腕を穴のふちへ差し伸べた。
手探りで触れた地面は崩れやすい土かと思ったが、案外その感触は硬い。
いける、と一つ瞬いて、ついた手のひらに力をかける。
ぐいと半身を乗り出したその途端、伊作の直ぐ目の前を、何か大きなものがもの凄まじい勢いで駆け抜けていった。
しかし、それは左門でもなければ小平太でもない。
外の明るさに目が慣れてから、ようやく伊作はその実体を掴んだ。
赤、黄色、白、黒、様々な色と形をした大きなものが、爆音を響かせて次々と行過ぎる。
その度、それが後ろに残す、火薬とも野焼きの煙ともつかない黒煙が、と容赦なく伊作の顔に吹き付けられた。
鼻につく酷い匂い。そして見開いた目を粉塵が襲う。
しかしその一切を気にも留めず、伊作は思わず一人叫んだ。

「て、鉄のイノシシだ!」





都内の大学に通う食満留三郎はその日、何事もなく大通り沿いの雑踏に紛れていた。
ポケットから覗く手首には、先ほど立ち寄ったコンビニのレジ袋がぶら下がっている。
5分前、立ち読みの甘い誘惑に耐えた彼は、これからアパートの自室へ帰り、一月の間楽しみにしていた雑誌の続きを読むのだろう。
自然、規則的な歩みは速まった。
空も、太陽すら遠い雑居ビルの谷間を行く。
すれ違う人並みは、誰も一人で、それが彼には心地よかった。
麗らかな春の日差しが、埃っぽい都会の大気を黄身色に染めている。
耳に聞こえるのは、往来のざわめきと、遠いクラクション、空高くヘリの爆音、すれ違い続けるエンジンの鼓動。
そして。
突如、「鉄のイノシシ」という、絵に描いたようなタイムスリッパーの台詞を聞いた気がして、何気なく車道を振り向いた。
最初、彼の理性はそれをほとんど空耳だと判断していた。
しかし、嘘のような、夢のような。単調な毎日の中で、そんな出来事が降ってきやしないかと、胸の奥にはそんな期待がまだあったかもしれない。
何往復か、辺りを彷徨った留三郎の視線は、ついに道路の真ん中で、蓋の開いたマンホールの中から興味津々に半身を乗り出す緑色の忍者を捕らえた。

「あっぶねえ!」

忍者だとか、緑色だとか、チョンマゲだとか。
そんなことよりも、隙だらけのワクワクとした後姿が、車通りの真ん中に、しかも開いたマンホールの口から覗いていることに、肝が冷えた。
考える間もなく体が動き、罵声とクラクションを浴びながらも、何とか車の流れを止めさせて、その隙に忍者を穴から引きずり出す。
安全な街路樹の陰まで連れ込んで初めて、改めてその珍妙な風体に感動した。
伊賀袴に頭巾、手には鉤縄。
紛うことなき本物の忍者が、木の根元でへたり込み、呆気に取られた表情で留三郎を見上げていた。
留三郎は、珍獣を保護したような不思議な高揚感につつまれて、思わず深く息をつく。
そして暫くの沈黙の後、目の前の忍者が身じろぎ、その唇が動こうとする瞬間、固唾を飲む彼の脳裏を駆け巡ったこととは。

――一人称は、ワガハイか、ソレガシだよな。語尾にござるとか、ニンニンとかつくんだよな――

ある晴れた春の昼下がり。
大都会の真ん中で、アマミノクロウサギより珍しい本物の忍者(のたまご)を拾った青年、食満留三郎は、見かけによらず、単純で気の毒な思考回路の持ち主だった。

****************


暫く前に書きかけていた現パロのさらに書きかけ。
こんなものを世に出していいものか、非常に迷います。
でもいつか完成するといいなあ。
結局、私は伊作に鉄のイノシシって言わせたかっただけです。
そういえば、伊作は本物の忍者だったなあと思いました。
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