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2025年07月08日
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書き直し

2010年01月12日
但馬の国の北西には、中国地方の脊梁から連なる険しい山脈が横たわり、天然の要塞となり国境を守っている。
利吉のふるさとである氷ノ山は、尾根の中でも一際高く聳え、山中から望む星々は今宵、今にも降り落ちそうな鮮明さで青白く瞬いていた。
その仄明りが雪影に映り、夜の底から白銀の世界を白々と浮き上がらせている。
夜を徹して家路を辿る利吉にとり、天空の星々は闇に浮かんだ、只ひとつのの道しるべであった。
やがて地平がようようと明るむにつれ、くっきりと紫紺に浮かんでいたそれは、見上げるごとに輝きが褪せてゆき、ついに月白の空に解け消えた。
昇る日の気配が大気に満ち、その気配が風を動かす。
静寂を残して、夜が明ける。
そしてそれは、新しい年の訪れでもあった。
しかし、凍てついた山中に何の寿ぎも、それを交わす相手もあるでなし。
利吉は木立を縫って山腹へ至る小道―――もとは古い獣道であった―――を黙々と、澱みない足取りで登っていった。


修行に明け暮れた少年の頃、幾度となく登り下りした山道を利吉は一散に登っていった。
最後の難所に差し掛かると、勾配はいよいよ厳しいものとなる。
額にうっすらと汗を浮かべる利吉の頭上で、葉を落とした木々の梢は、厚く霜をまとったまま、明るい空へ手を伸べている。
さらさらと微かな音をたて、雪の零れたあたりをつい見やると、樹冠を漏れた陽光が、痛いほどに瞳をさした。
宵闇にどれほど馴染んだ利吉であろうと、眠らずに過ごした翌朝は五感がささくれる。
裏腹に、目の裏は重たるく、体の芯は疲れに火照り、熱が渦を巻いていた。
仕事が明けたその足で、利吉は故郷をさして摂津を発った。
忍びは日に里を走破すると云われるが、だからといって疲れを知らぬわけではない。
雪被りした古木の根を足がかりに、急勾配を登りきったところで、とうとう利吉は足を止めた。
途端、たまった疲労がせきを切り、どっと背に圧し掛かる。
林間をなだらかに登る一本道を、あと一刻ほど辿れば、母の待つ家が見えてくるだろう。
約束どおりに元旦を家で迎えることは叶わなかったが、ようやくここまで帰ってきた安堵に、緊張の糸が柔らかくほどけていく。
利吉は静かに瞼を閉じ、透き通る天を仰いだ。

(今時分、母上はまだお休みだろう。少しでも、休んでから行くか)

ゆっくりと腹から吐いた熱い息は、中空に白くたなびいて、やがて消えた。



森の土は、深い落ち葉に覆われている。
その暖かな寝床をよりしろに、稜の木や、背の低い笹が生えて、獣や虫共を育む。
それら全てが、今は真綿のような柔らかな雪の褥の下に眠っていた。
稜の古木に背を預け、雪だまりに脚を投げ出すと、熱をもった脛に、じわじわとしみる冷たさが心地よい。
利吉は暫くじっとしたあと、笹の茂みに手を伸ばして、手ごろな氷柱を折り取った。
口に含むと、氷はゆるやかに甘く解け、涼しく咽を潤した。
さすがに茫洋としてきていた意識が、ひとさしの水に凛と冴えるようである。
咥えたまま微かな気配に首をあげると、東の空を、小鳥の群が一散に飛んでくるのが目にはいった。
賑やかしく鳴き交わす声がみるみる近づいたとた思えば、あれよあれよという間に、近くの樹冠に鈴なりになった。
鶸である。
明るい山吹色した羽根を軽く羽ばたいて梢に遊び、そこここで無心に餌を探している。
せわしない朝餉の景色をぼんやり眺めていると、少し遅れてきた一羽が、雪の重みで垂れ下がる落葉松の枝へ降り立った。
三間と離れぬ距離の利吉には気付かない様子で、さらに細い枝に飛び移ると、そこに逆さにつかまって揺れながら、小ぶりの松かさを啄ばみ始める。
一つ、ふたつ、つつく度に忙しく首を動かしては、ちるちると機嫌よい声をあげた。
つめたく尖った氷柱の先端を咥内で弄びながら、利吉はその様子に眩しく双眸を細める。
まったく、器用なものである。

昨今、山城であれ、平城であれ、郭の内には松が好んで植えられる。
松は成長がはやいうえ、有事の際はそれを逆茂木にしたり、究極には食料にすらして食いつなぐことができるからだ。
忍び入る側とって、これは大変厄介なことである。
大抵、人の手で育てられた松は直ぐと天に向かい伸びる上、側枝は折れやすく、足がかりが少ない。
樹皮も葉も、ささくれてとても居心地がよいとは言えない。
しなやかな枝を大らかに拡げる稜の木やホソと違い、これほど潜むに難儀する樹種もない。
かつて氷ノ山の子天狗の名を欲しいままにした利吉には、木の葉隠れならば町育ちの忍なぞには決して劣らぬ自負があった。
それが、いつまで経っても拳ほどの大きさもない、小鳥の身のこなしに叶わぬのである。
利吉は、忍の技を全て、父と母から受け継いだ。
しかしただ教わるだけでは忍道はならぬものだと、父は言う。
自分から、自然から、この世の全てから技を盗めと。
平静を保つ傍らで、常に心を鮮やかに沸き立たせ、何時いかなる時も思考を巡らせてこそ、忍でありながら人の道を生き抜けるのだと。
そう言った父の背中は、誰よりも近くありながら、利吉には酷く遠く思えた。
今もまだ、利吉はそれを追いかけているのである。
不意に、高い梢にいた鶸が、鋭い声をあげた。
それを合図に、群は餌を啄ばむのを止め、一斉に飛び立ち、木立の中を遠くなった。
利吉は、空を高く見上げる。
紺碧に弧を描き、滑るように舞う、遠い遠い影がある。
クマタカである。
凍りついた山野に、その澄んだ鳴き声が木霊したとき、利吉の心もまた、張りつめて震えた。
秘境に抱かれた自然は、何一つ変わることなく利吉の心を吹き抜けてゆく。
そこには、母に抱かれるような懐かしさも、確かにあった。
しかし、鶸のように軽々と梢を渡ることも、クマタカのように、高く、遠く、世を俯瞰することも。
焦がれ、見果てる先はこの上もなく遠い。
こうしてふるさとの大地に一人包まれるとき、利吉の脳裏には決まってあの父の背中が蘇るのである。


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何だかたのしくなってきた!
しかし、動植物を古名で書くと何がなにやらさっぱりですね。
今回はちょっとこだわってみたのですが、うーん。
意味がないかもしれません。
 
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