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2025年07月02日
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冬を迎える 終

2008年11月07日

これで最後になります。


 

「お前の方はどうだ。最近戦場で誰かに会ったか?」

 仙蔵は何気ない風で話題を変えることにしたらしかった。

「そうだね、結構皆来るな。怪我や病気はいいけどさ、腹減ったって駆け込んでくるのは困るんだよなあ」
「皆息災か?」
「えーと、小平太、長次、兵助、雷蔵と三郎、三木エ門・・・迷子の左門・・」

 伊作は記憶を遡りながら指を折る。
 一つ指折る度、懐かしい面影が胸をよぎった。

「そんなにか」
「まだまだいるけどね、タソガレドキの雑渡さんもちょくちょく来るね」

 そこに、不自然にも挙げられることのない、一人の名。
 その、心疲れた横顔が思い出されるのと、仙蔵の問いはほぼ同時であった。

「留三郎も、変わりないか?」

 伊作の表情が、一瞬、複雑な色を浮かべる。
 留三郎が戦場の伊作をふらりと訪ねてきたのは、一月ほど前の事だった。
 一時は仙蔵と同じく、フリーの仕事をしていた留三郎だったが、現在は城勤めに切り替えている。
 そのほうが性に合うと笑っていたのが二年前、最近、急にその城には、きな臭い噂が絶えない。
 忍びのみならず、戦いに身を置くものたちと多く触れ合う伊作にはその類の情報が思いがけず良く入る。
 仙蔵が、今どの城の仕事を請けているのかは知らないが、二人が敵同士の立場にある可能性は、悲しいかな低くない。

「仙蔵、」

 伊作は優しく強く、友の名を呼ぶ。
 仙蔵の眼差しが、沈黙のままそれに答えた。

「僕は何も言わないよ」
「そうか。そうだろうと思っていた。」
「でも、それを訊きに来たんだろ?」
「そればかりでもないさ。お前こそ、私に何か訊かなくて良いのか?」

 伊作はゆっくりと首を横に振る。

「僕は、信頼しているからね」
「留三郎を?」
「二人をだよ。」

 柔らかであった伊作の眼差しが、真剣さを帯びて、熱い。
 それを受け止め、仙蔵はどこか嬉しげに目元を緩ませた。

「そうか」
「うん」

 そして、伊作もまた、いつものように暖かく笑む。
 それからゆっくりと視線を下へ移らせて、冷めた湯のみを大切そうに手に取った。

「伊作、」
「何?」
「その湯のみ、カメムシが入っているぞ」

 そう仙蔵が言い終わる頃には、伊作はそれを飲み干していた。


****************



 それから間もなく、仙蔵は庵を旅立って行った。
 しなやかに黒髪を揺らす、背筋の伸びた後姿は決して振り返ることなく、まっすぐに山道を遠くなった。
 生薬を探し分け入った山の中、伊作はふと瞳を上げる。
 風が吹いていた。
 梢を離れた黄色い葉が、はらはらとせわしなく舞い落ちてくる。
 紅葉の季節も、もう過ぎ行くのだろう。

――会えてよかった――

 別れ際、ふと仙蔵はそう言った。
 常の彼よりも僅かにしっとりと温もったその声の響きは、まだ耳の奥に残っている。

 冷たい風の中、伊作はゆっくりと瞳を閉じる。
 これから・・・初霜がおりたら、霙があって、ある朝、山の頭が白くなる。
 いつしか薄氷がはるようになって・・
 絵巻物をくつろげるように、移ろいゆく景色が目の裏に見える気がした。
 胸の奥で、灰色の空から雪が降る、しんしんと積もる。
 その雪が牡丹雪になり、やがてぬるく解ける頃には、きっと、笑ってまた。

 そのために、僕が出来ることはなんだろう。
 それはきっと、覚悟をすることなのだろう。
 何があっても、信じる覚悟と受け入れる覚悟だ。
 厳しく、長い、けれどもそこに希望と喜びの火は消えないのだろう。
 
 それはまるで、冬を迎えるかのように。










********************


最後になって怒涛のように事情がでてきました。
私のお話はハッピーエンドが基本ですので、大丈夫です、悪いことにはなりません。
しかし無責任なことをしてしまって・・・これでは読了感がよくない、ですね。反省しています。
いつか、続きを書きますね。
ナンダカンダ言っておきながら、結局留三郎を出すという駄目さ加減が・・・・。もう、ほんとに。
どうも疲れている留三郎を書くのが好きなようです。留さんには苦労させたい。
それよりもなによりも、
思う存分、秋という季節を描けて幸せでした!
秋最高!カメムシ最悪!
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