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2025年07月01日
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本を読む

2010年03月31日
届いた本を、ちょこちょこと読んでいます。
読みやすい文章はいいですね。
気取らないものならばなおさら。
最近文がどんどん読みにくく変わってきているので、気をつけようとおもいました。

つづきにしまったのは、暫く前に書いたオリジナルです。
とんでもなくバッドエンドで、自分でも暫く落ち込んでしまったくらいなんです。お気をつけ下さい。
一時間くらいで書き上げた過去最速のおはなしです。
主人公は、おさかな。
これを書いて思ったのですが、へっぽこでもこっぱずかしくても、長いこと詩を書いてきてよかったなと。
多分、今創作を一番支えているのは、ずっと詩を書いてきた経験だとおもいます。
それに引き換え、絵はもっと長い間してきたはずなんですが、どうしてこうなったんでしょうね、びっくりするほどヘタです。
マイナス成長を続ける画力です。
しかしこれがまた、役に立つことがあるんですね!
エイプリルフールちょうたのしみ^^^^


 
「カンパチ」


シベリアからの寒波が列島を覆ったその日、白波砕ける藍色の海に、初雪が舞った。
冷たい潮のうねりを、ぴんと立った背びれに感じながら、俺はしなやかに暗い海流を掻き分ける。
東へ、ひたすら東へ。
もうとうに陽は落ちて、闇を孕んだ深い青色が、尾のすぐ後ろを追いかけてくる。
急がなくてはならなかった。


その話を聞かせてくれたのは、俺が長年沈船の一部だとばかり思っていた、くすんだ珊瑚のじいさんだった。

「月の路だって?」
「ああ、満月の夜、月が昇るとき、地平にお月さんがさしかかったその瞬間だけだ。満ち月から伸びた金の光の帯が海をずうっと渡ってくる。その光の中に飛び込めば、月に昇れるんだとよ」
「なんだって俺にそれを言うんだよ。」
「わしはこの話をワタリガニから聴いたが、奴はモサモサ水底を歩き回るだけの生き物だ。わしに至っては歩く足すらもっておらん」

まさに、俺はこのじいさんが生きているという事さえ、呼び止められたその日その時、初めて気がついたのであった。

「お前さんなら出来るんじゃないかと思っての」
「そんなの、カモメかウミウに託した方がいいんじゃないのか。あいつら俺らなどよりずっと月に近いだろうよ」
「空は、月の光を透かすだけで映しはせんのだよ。大切なのは、月の路に入ったその瞬間に、海の中から空中へ飛び出すことだ。それが出来るのは、お前さんたち魚くらいのものだろう」
「…だけど何だって、月なんか。届かないもんに焦がれてもしようがないじゃないか」
「綺麗だろうがよ、お月さんは」
「だけど、」
「美人に癒されて何が悪い」
「何だよそれは…」

それきり思わず黙ってしまった俺に、じいさんはただ誰かに伝えておきたかっただけだと呟くと、自分も口をとざした。
そしてしばらく。
俺は時折緩やかに鰭を動かしながら、再びじいさんが喋りだすのを待った。
すると、ふと、沈黙した爺さんの体からぷくりと、銀色の泡のようなものが生まれ出た。
薄っすらと七色の光沢を帯びたそれは、弱々しく輝きながら爺さんの身体を離れ、そしてゆらゆらと海面へ上がっていった。
その不思議なあぶくを、俺はこれまで幾度かにも目にしたことがあった。
海の生き物が静かに命を閉じる時、海の生き物だけにそれが見えるのである。
つまり、あれはサンゴのじいさんの魂なのだ。
じいさんはその夜限り、ほんとうに沈船の舳先の一部になってしまったのだ。
だからという訳でもないのだが、俺はそれから毎夜、深夜にこっそりと海面へ浮かび、月の満ち具合を数えるようになった。
そして、今夜、そのときが来ることを知ったのだ。


急がなくてはならない。
俺はこれまでに経験したことのないほどの速度で暗い海を奔った。
誤って突き破ってしまった昆布の悲鳴が、ひどい速さで遠くなる。
鱗に水流の感覚はとうに失せ、汽笛のような耳鳴りがした。
速く、ひたすら速く。
追いすがり、迫り来る夜は、とうとう俺を飲み込みつつあった。
前方でも、視界の中心の一点から、今は放射状に闇が広がっている。
それが、やがてぐにゃりと螺旋を描いた。
もう随分前から、俺は苦しかった。
息が、詰まっていた。
もうこれ以上は無理だと、ちらりとそう思ったときだった。
突然、目の前の闇が弾けるような、金色の光に払われた。
その光はあまりに強く輝いて俺の視界を塗りつぶし、その向こうには何も見ることが出来いほどだった。
間に合ったのだろうか。
俺は鼻先をくいと海面に向け、胸鰭を引きつけ、尾で水を蹴った。
ずっとここまで駆けて来た、その加速度のままに。
みるみるうちに金色の海面が、目の前に迫る。
思わず、おれはこれまでぎゅっと閉じていた口を薄くひらいた。
俺はその時、生まれて初めて、笑ったのだと思う。

ぎゅん、と勢いよく水面を飛び出した次の瞬間、衝撃と共に自慢の尖った鼻先が、ぐにゃりと曲がるのを感じた。
痛いなどというものではない。
おかしい、と思う暇さえなかった。
水飛沫を撒き散らしながら、俺はくるくると空を舞い、どさりと硬い甲板に投げ出された。
そうか、あの汽笛は耳鳴りなどではなかったのだと、それが俺が考えることが出来たことの、最後だった。
猛スピードで漁船の舳先に激突した俺の身体と生命は、致命的な損傷を受けたのだ。
じいさんの話が悪意のない嘘だったのか、それとも俺がただ間違えただけなのか。
今となってはもう、それを知る術はない。
哀しいほど優しい波の音が、遠い。
ほんとうならば俺は生涯、それに抱かれる筈だった。
しかし俺は、乾いた甲板に横倒しになったまま、鰓をぱくぱくと動かしている。
濡れた右目が、暗い空に向いていた。
視界の脇から差し込む人工の黄色いライトも、ざわざわと集まってきた人間共も、俺は何をも見ていなかった。
ただ、薄く笑ったままの俺の口元から銀色のあぶくが一つ、舞い降りる雪の中を浮き上がって静かにそよぎ、やがて満月へ昇っていく景色を、乾きゆく網膜が、空しいまま、写しているだけだった。
俺の脳では、その光景が網膜から届くより前に、全ての信号が途切れ終っていた。
だからそれきりこの海で、あの怪しげな伝説を伝える者はいない。





 
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